複雑性とカオス理論

私はよく独り言のように鼻歌を歌っている時がある。

それも自分でも無意識のうちに選曲して歌っている。

この癖は幼少の頃から続いていて、記憶を辿ると私の音感はミニモニ。じゃんけんぴょんとサラサーティのCMと北斗の拳のスロットのバトルボーナスから始まる。

そこから進化してクイックルワイパーのCMやAC(公共広告機構)など多岐にわたる。

脳の機能には自分に必要な情報を無意識のうちに何らかの作業を行い繰り返して忘れないようにしているらしい。

昔、自分が抱えているスタッフに対してどう接したらいいかわからずに高橋和巳先生という精神科医の本を読んでいるときにそういう内容が書いてあり、共感しつつも自分の違う側面を見たような気がした。

北斗の拳のスロットで10万円負けてやけくそになった私は近所の宝満川に友達と泳ぎに行って通報された記憶はあるが、そのほかのものに対しては全く思い入れがない。

サラサーティなんかは死んだ後に生まれ変わったら用事があるかもしれない程度で、自分が脳の深層で欲しているとは到底思えない。

思い立った私は家族に同じような行動をしていないかみてみることにした。

父は今から15年ほど前に亡くなったが、鼻歌を歌ったり陽気に何か口ずさんでいるところを見たことがない。

去年兄が実家に帰省した際に観察していたら突然軍歌を歌い始めた。

別に右翼でもなく左翼でもない、しがない一人親方の事業主のはずだが、なぜ軍歌なのかを聞くと話が長くて面倒そうなので聞かなかった。

私の兄はいつも熱っぽい性格なのだが、いまだに何を燃料にしているのかわからない。

ある時は博多華丸・大吉の同じ漫才の動画を繰り返し見ては同じところで大笑いし、

ある時は火垂るの墓を見ては嗚咽しながら号泣している。

母を観察すると中国のYoutTuberで自分で料理を作って食べる動画をアップしている人の冒頭の挨拶の”朋友!大家好”(みんなこんにちはという意味)という言葉をひたすら復唱していた。

私の母はいつも冷めた性格なのだが、いまだに興味を持つ対象がどういったものかの共通性が不明だ。

ある時はひたすら熊が雪の崖をよじ登る動画を見続けては声援を送っている。

ある時は以前買った商品が値下げしていることを発見し、一人憤慨している。

複雑性という言葉がある。

複雑性には組織化されたものと組織化されていないものがあるらしい。

組織化された複雑性は、誕生した時からシステム化されたものに則しているため解説しやすいのに対して、

組織化されていない複雑性は誕生してからの初期条件から全く違うらしい。

色々見てみると私の家族を見る限り”カオス理論”という言葉が当てはまると思う。

意味不明。解読不能。

私はよく変人と言われるが、所以は”カオス理論”がぴったりのようだ。

これを読んでいる方々もカオス理論に当てはまるところはないだろうか。

ぜひ探していただきたい。

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